今年のゴールデンウィークは、長男家族と共にフェリーで関西へ向かい、故郷神戸を散策したり、親友に高砂市の神社三社を案内してもらったりと、思い出深い旅を経験させてもらいました。
旅の後半は、長男家族の最大の目的でもあった高野山参詣へと続きます。
以前から私自身も念願としていた場所だったので、喜んで同行させてもらいました。
長男家族が高野山を訪れた第一の目的は、以前達成した「四国八十八か所霊場巡り」の満願のお礼参りです。
弘法大師(空海)様へ感謝を伝える大切な節目に、私も同行できることになり、そのありがたいご縁に感謝しました。
当日は朝からあいにくの曇り空で、途中で優しい雨が降り出しましたが、境内や参道を濡らす雨はむしろ風情を際立たせ、とても幻想的な雰囲気に包まれました。
今回は、私たちが実際に巡った「奥の院から始まる参詣ルート」をご紹介して行きたいと思います。
🌲歴史が息づく聖地「奥の院」へ

長男家族の最大の目的がお礼参りということもあり、まず私たちが目指したのはお大師様がおられる「奥の院」でした。

一の橋(または中の橋)から御廟へと続く約2キロメートルの参道には、樹齢千年に及ぶ壮大な杉木立が立ち並んでいます。

参道の左右には、織田信長や豊臣家、上杉謙信といった歴史上の戦国武将や大名家の墓碑・供養塔が20万基以上も並んでおり、まさに日本の歴史そのものが静かに眠る場所です。
しっとりと濡れた杉の葉と静けさの中で歩を進めると、全身に宿る雑念が洗い流されていくような不思議な感覚を覚えます。

参道の最後の橋である「御廟橋」を渡る手前には「水向け地蔵」が並んでおり、水鉢のお水を柄杓ですくってお地蔵様に掛けながら、先祖を供養したりお祈りを捧げたりする人の姿が多く見られました。
そして、その先にある「御廟」へ。
ここは、弘法大師様が今も「禅定(永遠の瞑想)」に入られ、人々の平和と幸せを祈り続けていらっしゃると信じられている最も神聖な場所です(※御廟内は撮影禁止の聖域です)。

長男たちが四国霊場八十八か所を無事に巡り終えた報告と感謝を伝える姿を傍で見守りながら、私も静かに手を合わせました。
家族の節目に立ち会えたことに、胸がじんわりと温かくなるのを感じていました。
🌲高野山真言宗の拠点・総本山「金剛峯寺」

奥の院参拝を無事に終えたあとは、高野山真言宗の総本山である「金剛峯寺」へと向かいました。
高野山には、全体をひとつの寺院と見立てる「一山境内地」という考え方があり、その中で金剛峯寺は、その中心的な役割を担う寺院です。

主殿の中に入ると、狩野派の絵師によって描かれた見事な障壁画や、東西約35メートル・南北約25メートルという日本最大級の石庭「蟠龍庭」が広がっています。
この庭は、雲海の中で奥と手前に雄と雌の龍が向かい合い、お大師様のご誕生の地(四国)や高野山を守護している様子を表しているそうです。
雨のしずくが庭園の砂紋や緑を色鮮やかに引き立てており、軒下から眺める景色は時間を忘れてしまうほどの美しさでした。

ちょうどこの時期はシャクナゲが見頃を迎えていて、ピンク色の豪華な花々が咲き誇り、厳かな境内に鮮やかな彩りを添えていました。
🌲体験と神秘が詰まった「壇上伽藍」


次に向かったのは、お大師様が高野山を開創した際に最初に手掛けた密教思想の象徴、「壇上伽藍」です。
立派な中門をくぐると、目の前に迫力ある建物群が現れます。
◇根本大塔と金堂

まず目を引くのが、高さ約48.5メートルを誇る「根本大塔」。
鮮やかな朱色の塔の内部には、大日如来を中心に金剛界の四仏が配置され、立体の曼荼羅の世界が表現されています。
その圧倒的な荘厳さには、思わず息のむほどでした。

中門をくぐってすぐ正面にそびえ立つのが「金堂」です。
金堂は高野山全体の総本堂として非常に重要な役割を担っており、主な宗教行事はここで執り行われます。
この日も多くの僧侶の姿を目にし、気の引き締まる思いがしました。
◇白と朱の対比が美しい「大鐘楼(高野四郎)」

壇上伽藍の境内には、「高野四郎」という俗称で親しまれている大鐘楼が存在します。
現在の銅鐘は天文16年(1547年)に完成したもので、直径2.12メートルを誇り、当時日本で四番目に大きな鐘であったことからその名がついたそうです。
鮮やかな朱色の根本大塔に対して、大鐘楼の真っ白な佇まいが対照的で、深く印象に残っています。
◇幸せを呼ぶ「三鈷の松」の伝説

金堂と御影堂の中間に瑞垣で囲まれた松の木があります。
ここには「飛行三鈷杵」という有名な伝説が残されています。
三鈷杵とは、先が3つに分かれている密教の法具です。
弘法大師が唐(中国)から日本へ帰国する際、「密教を広めるのにふさわしい場所を示してほしい」と願いを込めて三鈷杵を投げたところ、遠く離れた高野山のこの松の木に引っかかっており、それにより高野山を開くことを決めたと言われています。

通常の松の葉は2本ですが、この松は三鈷杵と同じく3本で一組の葉を落とすため「三鈷の松」と呼ばれ、この葉をお守りとして持ち帰ると幸せになれるとされています。
私たち家族もそれぞれが地面に落ちた3本葉を懸命に探しました。
◇みんなで力を合わせて回した「六角経蔵」

金堂から歩いてすぐの場所にある六角経蔵は別名「荒川経蔵」と呼ばれ、 鳥羽法皇の菩提を弔うため、皇后であった美福門院が建立したものだそうです。
基部(建物の足元付近)には把手がついており、参拝者が自分で押して時計回りにぐるぐると回せる構造になっています。
一回りさせると、中に納められている一切経(すべてのお経)を読んだのと同じ徳が得られると言われています。
孫や息子たちと一緒になって力を合わせて回転させた体験は、旅のとても良い思い出となりました。
◇雨に映える「蓮池」と朱色の橋

中門近くにある「蓮池」の中央には小さな祠があり、そこに渡るための鮮やかな朱色の橋がかかっています。
この祠には雨乞いの神様である「善女龍王」が祀られており、昭和の時代まではその名の通り、実際に美しい蓮の花が咲いていたそうです。
ポツリポツリと落ちて来た雨も気にせず橋を渡る孫たちの姿を微笑ましく眺めながら、素晴らしい景色を改めて目に焼き付けました。
🌲高野山参詣の締めくくりに仰ぎ見る「大門」


高野山参詣も終盤となり、最後に向かったのが高野山の西の玄関口に誇り高くそびえ立つ「大門」です。


江戸時代(宝永2年)に再建されたとされるこの大門は、高さ約25.1メートルにも及ぶ迫力満点の発色が美しい二重門です。
左右には大仏師・運長らの手による筋骨隆々とした「金剛力士像(仁王像)」が安置されており、聖地を守る圧倒的な存在感を放っていました。

🌲おわりに
雨のしっとりとした空気の中、樹齢千年に及ぶ壮大な杉木立を歩き、お大師様の温かい気配を感じた高野山参詣。
四国八十八か所を満願した長男たちの頼もしい成長を感じつつ、孫たちと笑い合いながら経蔵を回したり松の葉を探したりした時間は、私にとって何物にも代えがたい「宝物」のような1日となりました。
歴史の深さを学べたことはちろんのこと、世代を超えて心穏やかに巡ることができた今回の参詣は、生涯をとおして大切な思い出の一コマとなったことは確かです。
このような素敵なご縁を与えてくれた子どもたち皆に心から感謝しつつ、高野山参詣を無事に終えました。
メッセージ
最後までお読みいただき有り難うございます。<(_ _)>


