【シングルシニアの暮らし】「俳句」に親しんでみませんか?

日々の暮らし

中学生の頃、白い小さなメモ帳に、俳句を作って書き重ねていました。
なぜあの時期に俳句だったのか、どんな作品があったのか、まったく覚えていません。
家族に見られないよう、机の引き出しの缶の中に、しまっていたような記憶があります。
多感な時期の俳句は、どんな内容だったのか、昔に戻って読んでみたい気がします。
最近駅にあった、ミニコミ誌の特集で「俳句」が取りあげられていて、懐かしく思い出しました。
何にでもすぐ興味を持ってしまうのは、幼いころから変わっていないのかも知れません。

🔷夏の俳句5選

誰もがよく知る、夏の俳句「5選」を挙げてみました。
有名な俳句にも、その背景を知ると、また少し違った景色が見えてきます。
季語、詠よみ人(作者)、はもちろん、背景や感想も加えてみました。

✍目に青葉 山ホトトギス 初鰹

<詠み人>山口素堂
<季 語>青葉・ホトトギス・初鰹
<背 景>江戸の粋を表現した句と言えます。
さりげない夏の訪れを、青葉やホトトギスで感じ、
最後に高価な初鰹で締めくくって表現しています。
<感 想>句の全体を、夏の季語でまとめあげ、いかにも “夏”を感じます。
江戸の人々は、初物が大好きです。
普段は質素に暮らしても「初鰹」ははずせない、
「粋」を重んじた暮らしぶりが、想像できます。

✍閑しずかさや 岩にしみいる 蝉の声

<詠み人>松尾芭蕉
<季 語>蝉せみ
<背 景>この句は「奥の細道」最終地点とされる山形県のお寺で詠よんでいます。
騒がしいはずの蝉の声が、岩にしみ込みそうに、辺りが静かだと詠んでいるのでしょう。
<感 想>150日間の旅で詠んだ俳句を集めた「奥の細道」の中の一句です。
旅のおわりに訪れた寺に吹く風を感じながら、蝉の声さえもいとおしく感じている、
そんな気がする句だと思います。

✍夏草や 兵つわものどもが 夢の跡

<詠み人>松尾芭蕉
<季 語>夏草
<背 景>芭蕉が岩手県平泉で詠んだ句です。
     この地で兄源頼朝に打たれ、最期を迎えた源義経を哀れんで、詠まれています。
栄華を尽くしても年月が過ぎれば、土地は荒れ果てて草におおわれ、
今は想像することも出来ない様子だと詠んだものです。
<感 想>芭蕉は「平家物語」などにも詳しく、義経の悲劇的な一生に、 同情していたことでしょう。
戦国の世を想像し、哀れに散っていった、若者への思いを感じます。
人の世のはかなさを少しの文字で表した、素晴らしい句ではないでしょうか。

✍やせ蛙 負けるな一茶 これにあり

<詠み人>小林一茶
<季 語>やせ蛙
<背 景>2匹の蛙が戦っている姿に、弱そうな「やせ蛙」をそばで応援する様子を詠んでいます。
その背景に一茶は、50歳を過ぎて結婚し、恵まれた4子を幼くして無くしています。
弱弱しい蛙が、幼くして亡くなった子ども達と、重なっていたのかも知れません。
<感 想>背景を知らず、この句を読むと、あどけない少年のような一茶を想像してしまいます。
しかし心の奥にある、一茶の苦悩の表れのような、句になっています。

✍五月雨さみだれを 集めてはやし 最上川もがみがわ

<詠み人>松尾芭蕉
<季 語>五月雨
<背 景>梅雨の時期の雨、五月雨が降る最上川の風景は、見た目には涼しそうに見えます。
しかし実際に船に乗って川を下ると、驚くほど速いと言った、感想を詠んでいます。
<感 想>日本3大急流の「最上川」を梅雨時に、川下りすることに驚きましたが、
芭蕉本人も、これほどの速さとは、思わなかったのではないでしょうか。

🔷俳句豆知識

なかなか接することの少ない俳句の世界ですが、これを機に一句読んでみても良いかもしれません。
そのためにも、少し俳句の豆知識を知っておきましょう。
歴史やルールなど、分かってからトライしてみるのはどうでしょうか?

👆俳句の歴史

俳句の原型は、室町から鎌倉時代に広まった「連歌れんが」です。
連歌は「5・7・5・7・7」の形式で詠まれますが、
上の「5・7・5」の「発句ほっく」と呼ばれる部分だけを切り取って詠むようになったのが、
俳句の始まりです。
これを「俳諧はいかい」と呼んで江戸時代に広まりました。

明治時代になりこの俳諧を「俳句」と改め、新しい文芸として発展させたのが、正岡子規です。

👆俳句の詠むときのルール

俳句は5・7・5の17音で表現されるのが、基本となっています。
また句の中に、季節を表す「季語」を入れる、という決まりもあります。
原則季語は一つとされますが、二つ入ったものは「季重なり」と呼びます。

原則としては17音とされていますが、それより多いものを「字余り」
少ないものを「字足らず」と呼びます。
形式としては、これらの原則に従いますが、俳句を楽しむ上ではこだわらなくて良いようです。

👆俳句と川柳の違い

川柳も俳句と同じく、5・7・5の17音で表現されますが、以下のような違いがあります。

形式としては
🎵 俳句には「季語」がいりますが、川柳には必要ありません。
🎵 俳句は主に、「文語体」で表現しますが、川柳は「口語体」で表現します。
🎵 俳句には「切れ字」が必要ですが、川柳にはいりません。

切れ字とは「や」「かな」「けり」など、
強く言い切る働きをする語(切れを良くする語)のことを言います。

内容的には
🎵 俳句は主に、自然を対象に詠みますが、川柳は、人やその生活などを対象とします。
🎵 俳句は作句を「詠む」と表現するのに対し、川柳は「吐く」「ものす」と表現します。

川柳は詠ずるものでなく、人生または心を「吐く」ものとされているからです。

元々貴族文化から発した「連歌」を、庶民の手で改造したのが俳句であり川柳です。
この二つは兄弟のような関係性ですが、それぞれに独自の世界を作り出しています。

まとめ

ミニコミ誌に見つけた「俳句」の魅力を語る文章から、
思わず俳句について、学ぶことが出来ました。
ここでは俳句の世界の入り口にも、ふれることは出来ませんでした。
機会があれば、もう少し詳しく学んで、一句詠んでみたいものです。
俳句や短歌など、古き良き日本の文化を大切に、
これからも引き継いでゆきたいと感じました。

メッセージ

最後までお読みいただき有り難うございます。<(_ _)>

日々の暮らし
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