ブログを書き始めて、もう少しで3ヶ月です。
どこまで出来るか分からないけど、100記事毎日アップする事が目標でした。
その目標も目前まで来ています。
来年70歳になろうかと言うのに、よく頑張っていると思います。
ワードプレスが何か、ドメインが何かも分からず、全く初めての世界に飛び込んだのです。
突然「いったい何をしているのだろう」という疑問に、ブログのテーマが見つからなくなりました。
そんなとき、ネットで見つけたのが「生きるのが面倒くさい」と言う女性の人生相談だったのです。
🔷「生きるのが面倒くさい」が気持ちに的中した
56歳の女性が「生きるのが面倒くさい」という悩みを、雑誌の人生相談に投稿していました。
私自身も、同じような思いにとらわれていたので、思わず釘付けになりました。
読むと相談者は、決して怠惰な性格の人ではなく、まじめに人生を生きてきたことがよく分かります。
◇回答者の言葉は「同感です」!
それに回答を寄せるのは「名取芳彦」と言う僧侶です。
そして僧侶・名取芳彦氏は「私も同感です」と回答しています。
説教じみた回答であれば、読むつもりは無かったので意外でした。
その答えを読み進めて行くと、まるで私への回答であるかのような気がして感無量です。
「生きるのは面倒だが、かといって死ぬのも面倒だ」と思えれば“面倒の達人・面倒道の免許皆伝”だといっています。
その上、僧侶である回答者自身の人生観の基本も、同じく「人生は面倒である」だと続けていました。
◇僧侶・名取芳彦氏の座右の銘に納得

回答者は60歳を過ぎてから「寄り道 道草 回り道 人生まるごと、そんなもの」と言う言葉を座右の銘の一つにしているそうです。
自分の人生を振り返っても、あまりに多くの寄り道や道草、それに回り道をしてきたと心に響きます。
そして最後に、いつかまた違うスイッチが入って、色々しているうちに人生が終わっていくと教えてくれました。
なんとなく終わっていく人生は、一つの理想的なあり方だと結んでいます。
🔷この年になっても生きるのが面倒くさい
僧侶であれば、人生は面倒だと達観して、終わりの来る日を待てるのでしょう。
しかし凡人である私は、この年になっても、生きるのがいよいよ面倒になるときがあります。
十分では無いにしろ、一通りのことは済ませたのだから、もう用事は無いはずです。
いつまでこの面倒くさい人生が続くのかと、空を見上げることもあります。
やはり、なかなか悟りが開けるときはきそうにありません。
◇変わらず回り道でも「ブログ」かな?

自分では用無しと思っても、人として貴重な体験をするために、多分まだ今ここにいるのでしょう。
その為に「ブログ」にも取り組んでいるのです。
ブログを始めたきっかけは、更に高齢になっても、ライティングで仕事ができると考えたからです。
今ならまだ、調理関連の仕事には慣れているし、高齢者の働き場所もあります。
しかしそれも限度があり、いつかはリタイアしなければなりません。
その時まだ生きていたら、生活の糧は無いわけですから、途方に暮れてしまうでしょう。
そうならないよう、生きていく策を練った結果がブログを書くということだったのです。
◇目標に向かってもう一度頑張ろう!

今ここに文章を書きながら、頭の中のもやが、晴れてきたような気がします。
内心今日でブログは、止めにしようか…と考えていました。
誰かの役に立つブログにしたいと、経験不足ながら、目標に向かっていました。
しかし誰の役に立つのだろう?
何のために年寄りがこんなことをしているのだろう?と考えだしたらもうどん底でした。
でも今実際にネットの記事で私自身が気付いたのです。
こんな自分を、ネットの記事が救ってくれた!初心を思い出させてくれた!これは事実です。
もし万が一にも、私の記事が誰かに気づきを与えることが出来たとしたら、書く意味はあります。
そうなることを信じて、更に勉強を重ねて行くことにします。
何やらいつもと違うタッチのブログになりました。
しかし考えてみれば、自分の気持ちを書き記すのが、ブログの本来の意味です。
今回の気持ちの変化を大切にしたいと思います。
まとめ
書き続けているブログに不安を覚えて、検索して見つけた人生相談が、助けになったようです。
100記事達成を目前に、こんな気持ちに襲われるとは思っていませんでした。
100記事書きあげた後、どうするのか今考えています。
色々な困難を自分で乗り越えて、未知の世界で苦戦してきたことは宝物です。
今回の経験をまた糧にして、もう少し頑張ろうと思いました。
メッセージ
最後までお読みいただき有り難うございます。<(_ _)>


