【兵庫県高砂市・神社巡り】友と巡る歴史ロマン!水に浮かぶ巨石から結びの松まで神秘的な神社3社巡り⛩️

お出かけ

久々に故郷神戸を訪ねた今年のゴールデンウィーク。

初日に息子の運転する車で高砂市に住む親友の「悦ちゃん」宅を訪ねました。

快く迎えて下さったご主人と、息子を含めた4人で夕飯をいただき、久々の再会に楽しく歓談が続きます。

家族と宿泊予定の神戸のホテルに戻る息子を見送り、私は彼女と夜遅くまで話に花を咲かせました。

翌日、悦ちゃんは私を喜ばそうと、高砂市内の神社巡りを計画し、案内してくれたのです。

歴史ある神社、謎に満ちた巨石、そして縁結びの神様と、一日でまったく違う表情を持つ三社を巡るという、思い出深い旅の幕開けをプレゼントしてくれました。

⛩️【曽根天満宮】〜美しい緑と学問の神様、歴史が息づく最初の癒やしスポット〜

曽根天満宮は兵庫県高砂市に鎮座し、学問の神として知られる菅原道真公を主祭神とする歴史ある神社です。

道真公が太宰府へ向かう途中にこの地へ立ち寄ったという伝承で知られ、地域の信仰と祭礼文化の中心として親しまれています。

特に秋祭りと「曽根の松」の伝説で広く知られています。

主祭神である菅原道真公は、延喜元年(901年)に無実の罪によって九州の大宰府へ左遷されました。

その道中、伊保港に船を寄せ、曽根天満宮の西方にある日笠山に登り「我に罪無くば栄えよ」と祈願して、山上に自ら小松を植えたと伝えられています。

これが霊松「曽根の松」の始まりです。

霊松殿れいしょうでんは、菅原道真公が手植えしたと伝えられる霊松「曽根の松」の枯死した幹を保存している場所です。

後に、道真公の子・菅原淳茂が父を祀ったことが神社の始まりで、戦乱の中、社殿が失われた時期もありましたが、豊臣秀吉の時代に再建されたとされています。

5月を迎えたばかりの少し日が傾き始めた穏やかな夕暮れ時、高砂の曽根天満宮は、深い静寂に包まれていました。

初夏に訪れたため、境内を彩る白やピンクの梅の花や、その甘い香りを直接楽しむことは叶いませんでした。
しかし、青葉を茂らせた梅の木々に、早春に広がるであろう幻想的な光景を心の中で静かに思い描くことができます。

10月の秋季例大祭では、11台もの豪華な「反り屋根型布団屋台」が熱気を帯びて練り歩き、「竹割り」や「一ツ物」といった神事が行われるといいます。

その圧倒的な賑わいとは対照的に、夕暮れの境内にはただ静かな風だけが吹き抜けていきます。

柔らかな光と影に包まれた曽根天満宮は、梅の華やかさや祭りの熱狂を内に秘めつつも、訪れる者の心を穏やかに鎮めてくれる、歴史と静けさが美しく調和した特別な空間でした。

⛩️【生石神社】〜一歩足を踏み入れれば別世界!謎に満ちた巨大な「石の宝殿」〜

生石おうしこ神社は、兵庫県高砂市の宝殿山山腹に鎮座する神社で、推定約500トンもの巨大な謎の石造物「石の宝殿」を御神体として祀っています。

主祭神は大穴牟遅命おおなむちのみことと少毘古那命すくなひこなのみことで、崇神天皇の時代に疫病が流行した際、夢のお告げに従ってこの二神を祀ったことが創建のきっかけになったと伝えられています。

御神体の「石の宝殿」は、水面に浮かんでいるように見えることから「浮石」とも呼ばれ、日本三奇の一つとして国の史跡に指定されている有名なパワースポットです。

「日本三奇」とは、日本国内に存在する謎に包まれた3つの不思議な遺物・構造物の総称です。
具体的には以下の3つが挙げられます。

  • 石の宝殿(兵庫県):高砂市の生石神社に御神体として祀られている巨大な石造物です。
  • 塩竈(宮城県):鹽竈(しおがま)神社に存在するものです。
  • 天の逆鉾(宮崎県):霧島東神社の飛地境内に存在するものです。

誰が、何のために、どうやって造ったのか全く未解明の「石の宝殿」は横6.4m、高さ5.7m、奥行7.2m、推定重量約500トンにも及ぶ巨石です。

人の手によって削り出されたものであることは分かっていますが、造り手やその目的、さらにはこれほどの巨石をどのように加工したのかといった建造方法は、現在に至るまで解明されていません。

8世紀以前から存在していたとされていますが、その成り立ちについては時代とともに様々な伝説が生み出されているようです。

このように、石の宝殿は古くからその圧倒的な存在感ゆえに人々の想像を掻き立て、時代が下るにつれて「人知を超えた神々の作り物」として伝説化されてきた謎多きパワースポットです。

社殿の裏山にある「山上公園」へと続く道から眺めると石の宝殿の全体像がよく分かり、違った角度からその巨大な謎を観察することができます。

誰が、何のために、そしてどうやってこの巨大な石を削り出したのか——。
未だ多くの謎に包まれた生石神社の「石の宝殿」ですが、鎖につかまりながら「山上公園」の上まで行くと、その迫力をより深く味わうことができました。

「山上公園」は山全体が大きな岩盤でできているため、頂上付近は緑に覆われず、むき出しの白い岩肌が独特の景観を作り出しています。
また、眼下には高砂市街地が一望できる雄大な景色が広がっていました。

兵庫県で生を受けながら、これまでこのような不思議なパワースポットの存在を知りませんでした。

人知を超えた奇跡の石造物と、古くから語り継がれてきた神々の伝説に触れ、古代のロマンを体感させてくれた友にあらためて感謝しています。

⛩️【高砂神社】〜「お前百まで、わしゃ九十まで」結びと長寿の神様で三社巡りを締めくくる〜

高砂神社は、神功皇后の命によって創建されたと伝わる約1700年の歴史を持つ古社です。

素盞鳴尊すさのおのみこととそのお后である奇稲田姫くしなだひめの夫婦神、そして大己貴命おおなむちのみことをご祭神として祀っており、「縁結び」や「夫婦円満」にご利益がある最強のパワースポットとして、また、結婚式などで歌われる謡曲『高砂』の発祥の地としても広く知られています。

18世紀後半の建築様式とされる拝殿内は、太い柱や立派な木組みの天井からも、その重厚で歴史ある木造建築の雰囲気がひしひしと伝わってきます。

時代を感じさせる大きな絵馬がいくつも飾られていて、古くから多くの人々の信仰を集め、さまざまな奉納が行われてきた様子がよく分かります。

結婚式で定番の謡曲「高砂」の発祥の地としても知られる高砂神社の社伝には、次のような伝説が残されています。

高砂神社が創建されて間もない頃、境内に一つの根から雌雄2本の幹に分かれた珍しい松が生え出ました。
人々がこれを「神木霊松」と称えていたところ、そこに尉(じょう:伊弉諾尊)と姥(うば:伊弉冊尊)の二神が現れ「我らは、今よりこの木に宿り、世に夫婦の道を示さん」と人々に告げたとされています。
この言い伝えから、この木は「相生の松」と呼ばれるようになりました。

松に宿った尉と姥(おじいさんとおばあさん)は夫婦円満や縁結びの象徴とされ、めでたい結婚式などには欠かせない存在として現在まで語り継がれています。

現在は本殿東側の玉垣の中で緑濃く青々と枝を張り、元気に生育している「相生の松」は5代目で、「夫婦円満」や「縁結び」の象徴として、高砂神社を訪れる人々を見守っています。

高砂神社の神殿正面にある能舞台(神遊殿)は、2013年に完成した日本最大級の規模を誇る舞台です。

謡曲『高砂』ゆかりの地であり、著名な演者による能や狂言の公演が行われるほか、秋には月明かりの下で舞う「高砂観月能」が開催されます。
境内には17世紀後半の様式を伝える旧能舞台も残されており、歴史と伝統を感じることができます。

「高砂や〜♪」の謡曲でもおなじみの、縁結びと長寿、夫婦和合の神様としてとっても縁起の良い神社「高砂神社」での参拝が、三社巡りの最後になりました。

境内には、樹齢1000年を超える神秘的な御神木「いぶき」が現在もその姿をとどめています。
さらに、福を招くとされるハート型の「猪目窓」などといった見どころもある、日本の伝統芸能や歴史のパワーを肌で感じることができる魅力的なスポットでした。

ゆっくりとゆったりと、静寂に包まれた境内を大切な友と二人で散策しながら、人とのご縁の大切さ、有り難さを感じずにはいられない素敵な時間を共有することができた気がしています。

⛩️まとめ

親友の案内で巡った高砂市の3社は、それぞれに全く違う魅力があり、心も体もすっかりリフレッシュされる最高の神社巡りになりました。

日本の伝統と文化が息づく素晴らしい空間で、歴史の重みを感じながら、親しい友と共に縁起の良い場所を巡ることができ、改めて素晴らしいご縁に感謝しています。

それぞれの神社について、心に深く残った思いのたけをnoteにエッセイとして、まとめてみたいと考えています。
随時、ご案内をしてまいりますので、よろしければ、そちらの方も覗いていただければ幸いです。

https://note.com/keiko166/n/n9fd11f7eda5c
https://note.com/keiko166/n/n69e844819132
https://note.com/keiko166/n/n99f8726aace2

メッセージ

最後までお読みいただき有り難うございます。<(_ _)>

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